温胆湯のエキス製剤は、これまでベーシックな製剤がなかったが、本年になって、小太郎製薬(株)から、顆粒のエキス剤として、製造販売されるようになったことは、まことに慶賀すべきことである。
温胆湯の加味方であれば、従来から様々に各社から販売されており、一部の温胆湯加味方は、保険漢方にも採用されているほどである。
ところが、この肝心な、基本中の基本、土台となるべき「温胆湯」が、製造販売されていなかったという事実は、何とも不思議な現象であった。
この温胆湯に限らず、早くから、何種類かの漢方薬方剤について、エキス製剤の新規製造販売されるよう、各社に要望していた小生であるが、なかなか聞き入れてもらえなかった。
たとえば、既に1996年の「和漢薬」誌513号において、
●エキス剤の製品開発が望まれる『温胆湯』
温胆湯は、中医学では絶対に不可欠な基本方剤である。胆胃不和による痰熱内擾の病機に適応するとされるが、胆と脾胃が虚弱なものが精神的なストレスにより気鬱生痰・気鬱化火を誘発して痰熱を生じ、胆の疏泄と胃の和降の失調とともに、痰熱が少陽三焦を壅滞したものである。それゆえ、温胆湯は理気化痰・清胆和胃・疏調三焦の効能を発揮するのが特徴である。
応用範囲は、冠状動脈性心疾患・動悸・心室性期外収縮・心房細動・高血圧・脳血管障害・甲状腺機能亢進・不眠症など各種の神経症・癲癇・いわゆるメニエール氏症候群・胃十二指腸潰瘍・胆嚢炎・胆石症・妊娠悪阻・気管支炎・気管支喘息等々、数え挙げれば際限がない。
ところが日本国内では、竹茹温胆湯や加味温胆湯、あるいは基本方剤に酸棗仁・黄連が加味された製剤など、加味方剤のエキス製品はあっても、《千金方》や《三因方》のような原典記載の基本方剤は製造されていない。上記のような広範囲な応用が可能となるのは、それぞれの複雑な病機にもとづいた治療法則に対応し、温胆湯の加味・合方を有機的に行ってはじめて可能となるのであるから、中医学がますます認識されてゆくこれからの時代、必然的に原典にもとづいた基本方剤そのままの温胆湯エキスの製造の要望が高まることに違いない。温胆湯は『一般用漢方処方の手引き』の二一〇処方中に記載されている方剤だけに、製造許可は容易に得られるはずである。 温胆湯の配合内容は、黄連・酸棗仁・大棗を除外した「半夏・茯苓・生姜・陳皮・竹茹・枳実・甘草」の七味が最も理想的である。黄連・酸棗仁・大棗の三味を決して配合してはならず、さもなければ有機的に広範囲な活用が出来なくなるのである。また、分量としては甘草が一グラム未満の製剤で、甘草に対する注意書きの記載を必要としないものが理想的なのである。
と書いた拙論が掲載されたのだが、それ以来、10年近くが経過して、漸く実現されたのであった!
補気建中湯や、原方通りの温胆湯を特に望んでいたが、ようやく小太郎さんで温胆湯だけは実現したのである。
もちろん、小生だけの進言で実現したわけではないだろうが、従来から、取引先の各社に強く要望していたことは、事実である。
本方は、中医学的な基礎理論を充分に学んだ医師・薬剤師でなければ、加味方ではない原方通りであるだけに、却って使いこなしにくい方剤かもしれない。
ところが、
弁証論治の心得のある者にっとっては、原方の温胆湯ほど、使いやすいものはない!
なぜか?
各種方剤との配合、つまり合方しやすい、組み合わせて利用しやすくなるからである。
これまで各社で販売されていた温胆湯の加味方剤では、余分な薬味が加わっているために、応用範囲が、かなり限定されてしまうからである。
半夏・茯苓・生姜・陳皮・竹筎・枳実・甘草
(筆者注:原典「三因方」ではこれに大棗を加えるよう指示があるが、実際には入れる必要がない)
わずか七味のシンプルな配合が実に良い。
様々に応用がきくことは、上述の通りである。何度も言いたくなるほど、それだけ使用しやすいのである。
この温胆湯は、専門家ならご存知、「痰熱上擾」「痰熱内擾」に対する、すぐれた方剤である。
近年は、食料の過剰供給社会と、環境上の温暖化・暖房設備の充実により、往々にして体内の津液(体液)が熱化されて、痰熱を生じやすい時代である。
それだけに、たとえば、日常よく見られるメニエール氏症候群で、半夏白朮天麻湯の適応症であっても、この天麻湯単方投与であるよりも、この温胆湯の半量を加えることで、効能を一気に強めることが出来る。
体質的な冷えもからんで生じた半夏白朮天麻湯証であっても、慢性化によって体内では、部分部分で熱化され、煮詰められて痰熱が生じ、その部分部分に偏在する痰熱という病理産物が、頑固な病態をさらに強めていることが断然多いものと、考えられる。
これらの現象を、他にも応用すれば、「痰熱」という病理産物は、様々な疾患で重要因子となっていることが分かろうというものである。
このへんの応用力が、あるか、ないか、によって、臨床的な優劣は、おそろしいほどに歴然としてくる。
最近遭遇して、著効を得た例では、中年男性のふらつきで、歩行に困難を来たすほどに、舌診法を主体にした弁証論治により、「半夏白朮天麻湯」「温胆湯」の各半量ずつの合方により、速効を得ている。
もう一例をあげれば、ヨーロッパの某国の中年白人男性、不眠と憂鬱、いわゆる鬱病で、本国の病院治療もむなしいとて、舌診法を主体による弁証論治により、「四逆散」「温胆湯」の合法で速効を得ている。