半夏瀉心湯は漢方薬の代表的な胃腸薬で有名だが、胃部の痞えなどの症状では、意外に大柴胡湯証と区別が困難な場合がある。半夏瀉心湯証特有の「腹中雷鳴」、つまりお腹がゴロゴロ鳴ってくれれば話が早いように思われるが、そうとも言い切れない。大柴胡湯証でも、腹中雷鳴を伴わないとも言い切れないからだ。
結局は、胸脇苦満の有無によって判断せざるを得ないが、これとてアテにならないことがあるので、判別しにくい場合は、大柴胡湯と半夏瀉心湯を飲み比べてもらう以外に方法はないだろう。(泥状便程度であれば、大柴胡湯証が適応する場合もあるからややこしいのである。)
事ほど左様に判別しにくい二処方であるが、日本漢方における半夏瀉心湯に用いられる乾姜には大いなる錯誤があるので、大問題である。
本来、乾姜といえば、生姜を単に乾燥させただけの乾燥生姜であるべだが、なぜか日本ではわざわざ蒸して飴色に仕立てた「乾姜」なるものが使用され続けている。この日本製のカンキョウなるもの、中医学における「炮姜(ほうきょう)」に似て炮姜にあらず、何とも取り扱いに窮するシロモノだが、少なくとも傷寒・金匱で記載される乾姜とは似て非なるものであることに間違いない。 日本国中で使用される半夏瀉心湯に配合される乾姜は、正しく乾燥生姜が用いられている製剤や煎じ薬はほとんどなく、乾燥生姜特有の優れた消化吸収作用をワザワザ台無しにした飴色の黒ずんだ「乾姜」が臆面もなく用いられているのである。
このように錯誤した乾姜が使用される半夏瀉心湯についてケンモホロロに書く理由は、このために本来の半夏瀉心湯の効能・効果が激減してしまう場合があるからだ。
ところで、数ヶ月前のこと、身内のガン治療を専門に行う医師から、抗癌剤の副作用による悪心・嘔吐に対して、医療用漢方メーカーの外交さんに半夏瀉心湯や六君子湯(りっくんしとう)を奨められたがどちらが良いだろうかという、どうしようもない質問を受けた。
個別性を重視するはずの漢方医学も、西洋医学の軍門に下るとこのような質問が出されることになるのだろうか?
乾燥生姜とは似て非なる黒ずんだ飴色の「乾姜」なるものに摩り替えられた半夏瀉心湯を云々したところで、ましてや個別性を無視した漢方処方の推奨では、この国の漢方の行く末が憂慮されるばかりである。
これ等の問題は、大柴胡湯証と半夏瀉心湯証の判別が意外に困難なことがあるという次元とは自ずから異なる次元の問題なのである。
【参考文献】 日本漢方における生姜と乾姜の錯誤 意外に重要な!漢方製剤および煎薬の品質問題 生姜と乾姜の錯誤による無効経験 日本国内における生姜と乾姜の錯誤問題 日本国内における乾姜の錯誤問題についての御質問重要な付録: 消化器系疾患の場合、たとえ熱邪(胃熱や肝胆の湿熱など)が存在しても、同時に消化器能力の機能低下による中寒を伴うことが多いもので、それゆえ寒熱錯雑証としての半夏瀉心湯は、黄連やオウゴンによって心熱や胃熱を除去し、半夏や人参・乾燥生姜によって中焦の虚寒(機能低下)を改善する。
このような寒熱併用の配合処方である半夏瀉心湯は脾虚によって水湿の運行が正常に行われなくなった升降失調(吐き気や下痢や胃の痞えなど)の状態を改善する優れた方剤である。
半夏瀉心湯は心熱や胃熱がある場合の消化機能低下を治すものであるが、その応用として小柴胡湯や柴胡桂枝湯を肝胆の熱邪に脾虚(脾虚寒)を伴うものとした発想から方意を考えることが可能である。
一方、大柴胡湯は少陽陽明の実熱に適応するが、言い換えれば要胆胃実熱に適応するものであるが、生姜や大棗が含まれることからも、多少の脾虚寒が伴っている状況にも十分適応する。
大食漢でシバシバ下痢をやらかすという人にも大柴胡湯証の場合があるのは、このことからも理解可能であろう。