乾燥性の咳嗽に使用される代表的な方剤が、この麦門冬湯である。
漢方入門当初の三十三年前から、頻繁に使用機会がダントツに多かったこの方剤も、近年だいぶんあやしくなっている。
配合中の人参が、どうも邪魔になりはじめたようである。
これも環境変化の時代の流れだろう。
とはいえ、まだまだ使用機会が無いわけじゃない。
この方剤を書く気になったのも、超過労気味で土曜日に帰ってきた神経内科医の愚娘が、風邪の後期の症状で、昨今、しばしば使用機会の増えている滋陰降下湯と思っていたら、「大逆上気」の咳嗽、つまり、咳き込んで反射的な嘔吐感を伴う咳嗽をしているので、麦門冬湯に切り替えたら、案の定、急速に軽快して行ったからである。
お前は、まだまだ古い人間だなあ~~と冗談が言えるくらいすっきりと効果を示していた。
ともあれ、一般的な乾燥性の咳嗽以外にも、弁証論治を正確にすれば、無酸性?の胃炎や、口内炎など。
また麦門冬湯・辛夷清肺湯・六味丸の三方剤合方により、大人の喘息が二度と発作を起こさないという速効を得たこともある。
変わったところでは、耳に水分貯留を来たして、繰り返し水を抜いても、難聴傾向を伴って埒が明かなくなった中年女性に、あらゆる方剤が効果を示さず、喘息の持病もあることから、肺胃陰虚および腎陰虚の証候を確かめ、麦門冬湯と六味丸の併用で、驚くほどの即効を得て根治した例もあった。
このように、まだまだ麦門冬湯の応用による成果を連ねればきりがないのだが、
医療用漢方における小青竜湯の誤投与による軽度の副作用、咽喉乾燥、声枯れなどに対して、麦門冬湯で素早く対処して差し上げたことは、幾度あったか知れない。
病院から出される気管支炎の漢方薬は、小青竜湯と決められているのか、現在にいたってもまだまだ小青竜湯の誤投与は後を絶たない。
漢方薬の信頼が損なわれないよう、祈るばかりである。